佐賀から世界へ~炎の経営者ブログ~

ペライチ創業者 山下翔一のブログです

【和道流空手道連盟 二代宗家 最高師範 大塚博紀先生】

6月26日、私が小学2年から始めた和道流空手道の

最高師範大塚博紀先生がご逝去されました。

 

本日は密葬ながら

「門弟は皆家族である」

という最高師範の有り難い遺志により

葬儀に出席させていただき、

最期の御礼と敬礼をして参りました。
 
最高師範は私が最も敬愛する大きな存在であり、

あまりに突然のことでいまだに信じられない思いで

今は心がいっぱいです。

 

小学生の頃から始めた空手はとても楽しく、
我が人生で最も真剣に長年打ち込んだことです。

 

技術講習会や昇段審査、合宿などで

年に2~3回ほど最高師範のご指導を仰ぎました。

そのお姿は凛々しく、かっこ良くスーツを着こなされ

日本人離れをした端正な顔つき。

 

齢70を超えてなお俊敏で、強く、オーラが凄かった。

それでいてお話好きでユーモアがあって、

私たちのようなちびっ子にも気軽に談笑してくださいました。

「僕は将来、おじいさんになったら、最高師範のような

カッコよくて紳士的なおじいさんなるぞ!」

と強く思ったものです。

 

小学4年のときに初めて昇段審査を受けました。

その時は空手を始めてまだ2年。

当時は先輩たちのご指導もあり、史上最短で審査にのぞむことができました。

だけど、当時は昇段審査が今よりも厳しかったので(笑)

1発で合格するとは思っていませんでした。

 

しかも未熟だった当時の私は黒帯の一歩手前の茶帯でしたが「仮」3級。

茶帯には3級、2級、1級があり、3級は一番下。「仮」はさらにその下です。

だから当然受かると思ってませんでした。

 

そして、案の定、落ちました(笑)

でも、審査が終わった後、最高師範と故古賀武夫先生に呼ばれ

「お前は下手くそだから落としたけど、仮で黒帯あげるよ

 今日からお前は仮免許の黒帯だ

 でも怠けちゃダメだぞ!

 お前は人よりも下手くそなんだから人よりもいっぱい稽古しなさい!」

って言ってもらいました。

 

仮だろうがなんだろうが、黒帯もらえて、とっても嬉しかった。

だって証書には(仮)って書いてないのですから(笑)

でも、最高師範からいただいたお言葉のとおり、それからたくさん稽古をしました。

最低でも週に6日、月に2週は日曜も県の強化練習があり、週に7日稽古をしました。

そのうち、週に2日は少年の部に加えて大人の部でも1日に2回稽古をしました。

私は下手だったから、上手くなりたくて、

みんなが来るよりも30分から1時間早く道場にいき

鏡の前で1人で形(かた)を稽古しました。

 

しかも当時の道場の環境は最悪で、夏は50度、冬は氷点下、

あまりの過酷さに、泣き出す子供もいました。

さらに下は畳がなくコンクリートで、その上めちゃくちゃ狭い!

(今だったらモンスターペアレントに訴えられますね(笑))

そんな環境の中で上手くなりたい一心で来る日も来る日も稽古をしました。

 

それだけ努力をすると、さすがに下手だった少年も

ちょっとずつ上手くなっていき、

神様がちょっとだけご褒美をくれました。

 

和道流の全国大会でも入賞できたし、

流派問わず学連でも好きだった形は県で優勝できた。

形も組手も県の代表として2名は九州大会と全国大会にでられるのだけど、

中学のときは毎年九州大会もでられたし全国大会も3年連続ででられた。

3年のうち2年は嫌いだった組手も全国にださせてもらえた。

形も組手も全国大会にでていたのは全都道府県で2~3人しかいなかった。

 

残念ながら私は才能がなかったから、

だから他の人の2倍考えて、最良の方法を考えた。

 

(正直当時の佐賀はいい指導者が全くいなかった。いや、マジで!

小学生と大人を対面させて、大人の本気の蹴りを気合いで受ける

という技術なき精神論の塊のような指導で、

自分で考えて、うまい人の動きを盗むしかなかった。

学ぶって、「まねぶ(真似ぶ)」からきていると最高師範も仰っていた。)


上手い人の動きを脳裏に焼き付けて研究をした。

そして他の人の2倍は努力することができた。

(勉強しなかったから学校の成績はめっちゃ悪かったんだけど(笑))

 

それも全部、最高師範に

「お前は下手くそだから人よりもいっぱい稽古しなさい」

と言っていただけたから頑張ることができました。

 

「やればなんでもできるんだ、という自信」

「どんなに辛くてもやらなきゃいけないときにはやり切る忍耐力」

 

今の私のベースになっているものは、間違いなくあの頃の経験。

あのときに我武者羅に稽古をして、結果をだした経験があるからこそ、

その自信は絶対に揺るぎません。

 

でも当時は、県では勝てても、九州や全国ではなかなか勝てなかった。

和道流は、特に形は、他の流派に比べるととっても地味なんです。

なぜなら、ムダな動きをしないから。最小限の動きで最大限の効果を生む

とても理にかなったものだから。

全国の主流は、派手で、動きが大きくて、見栄えがいい形が勝つ。

勝てる形は大抵決まっていて、和道流の形はなかなか勝てなかったのです。

だから正直、精神が幼かった頃の私は、他の流派にひかれたこともありました。

でも、今は和道流で良かったと、心から思えます。

 

和道流は、本質なんです。

技術もそうですが、技術だけに非ず。

 

和道流の本質は「和の心」です。

相手を敬う心、尊敬する心、思いやる心。

そして理想は「戦わないこと」です。

 

優しくても弱くては、大切な人たちを守れない。

だから強くあるべき。

でも、強くても、優しくなければ単なる暴力に過ぎない。

だから和道流は、空手を一般の人に使うことを禁じています。

 

私も中学生までは沢山取っ組み合いの喧嘩をしましたが

一度も殴ったことはありません。殴られても殴ったことはありません。

それは和道流が教えてくれたことだからです。

 

最高師範の教えは、私の人格形成において、

とても根底に根付いています。

 

常に本質を考える事

常に優しくあること

常に強くあること

常に相手を敬うこと

常に感謝を忘れないこと

敗者がいるから、勝者がいること

常に努力を続けること

グローバルな視野を忘れないこと

 

ビジネスにおいてもベースとなっています。

 

他のメンバーを敬うこと

他の会社を敬うこと

相手の立場にたって、相手の目線で考える事

常に感謝を忘れないこと

利益を世の中に還元すること

それを世界規模で考えること

 

そして私は戦略を常に考えています。

戦略とは勝つための策を考えることではなく

「ムダな戦いを略する(はぶく)」ことです。

 

どうすれば世の中がもっと良くなるか?

どうすればWin-Winな世の中になるのか?

 

そのためにムダな戦いをすることなく

どうやったらそれが実現できるのか?

を考えています。

 

最高師範が私たちに継承してくださった和道流の和の心。

この心を自分なりに考え、理解し、世界中の次の世代に引き継いでいくことが

私の使命であり、最高師範への恩返しだと考えています。

 

最高師範、素晴らしい心、そして技術をありがとうございました。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

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(写真の原画が見当たらず、動画のスクショだから粗いけど、思い出の写真だから掲載)

 

門弟 山下翔一 拝