佐賀から世界へ~炎の経営者ブログ~

ペライチ創業者 山下翔一のブログです

【無料サービスをつかう全ての人へ伝えたいこと】

ポジショントーク感あって好きじゃない。けど、これだけは言わせてほしいんだ。
無料サービスを頑張ってつくってる人たち、素晴らしいサービスを提供している人たちを代表してさ。
 
ペライチをやっていてもどかしいことの一つに
『タダでなんでも手に入る世界の一端を担っていること』
があるんだよ。
 
とっても簡単で、便利で、利益にすぐつながる。しかもそれが無料で!!
 
聴こえはとてもいいよね
そして僕らは「多くの方にチャンスを与えたい!」
本当に心からそういう想いでサービスを提供している。
 
でもね、それを「当たり前」だとは思ってほしくないんだ。
その影にリスクを負って世の中のために頑張っている人や、みんなの笑顔がみたくて頑張って開発している人や、そのサービスをどうやったらみんなに理解してつかってもらえるかを必死こいて毎日毎日考えている人の存在を少しでも感じてほしいんだ。
 
それを感じる優しさだったり感謝があってはじめて「使う権利」があるんじゃないかな、とすら思うよ。ペライチ以外のサービスもそう。「産みの苦しみ」をわかってるからさ。
 
そんな人たちの苦労だったり、辛さだったり、想いがわかるからさ、それを想像するだけで涙がでてくることもあるもん。
 
 
その人たちは、そのサービスを無料だったり低価格で提供するためにどれだけのリスクを背負っているか知ってるか!?!?
 
ペライチだって地方のお金のないITリテラシーのない人を助けたくて簡単に無料で提供したいって想いだけで5億円近くの出資や融資を受けてさ、それだけのリスクを負ってさ、俺がペライチって名前をつけてから7年以上も経つんだぜ?その間、数百人の人が関わってくれてんだぜ?
みんなの笑顔がみたいために借金してさ「やばい会社の銀行残高あと数十円だ。。どうしよう。。」とか「このままだと◯ヶ月後には資金ショートしちゃう。スタッフ食わしていけない。。どうしよう。。」なんて時代もあったわけだよ。それでいてペライチだってまだまだ赤字会社なんだよ!?!?(※ちゃんと黒字のメドは立っていますのでご安心ください)
 
ペライチなんて氷山の一角だよ。
俺がつながってるだけでさ、しかも東京だけで何百人のスタートアップの創業者や経営者仲間がいることか。
 
いろんな奴等が世の中を良くしたくってリスク背負ってさ、想い込めてさ、それこそ何万人、何十万人って人が想いや魂や情熱を込めてさ、大切な命を削ってさ!そしてそこにたくさんの投資家がその想いや夢を応援してさ!!
 
つまりたった一つの無料サービスでも「そんだけの想いの上に成り立ってる」ってことなんだよ!!!
 
その想いだったり苦労だったりを感じてたらさ、そりゃ泣けてくるよね!?!?
 
でもね、それを感じないとさ、こういうこと簡単に言えるわけよ。
「え!?無料じゃないの!?」
「たったこれだけで500円!?高いわ!!」
「あのさー、ここバグなんだけど!早く直してよ!」
「勘弁してよ!こっちは迷惑被ってんだよ!」
 
いやー、俺は言えねーよ。。どんだけの人が、どんだけの想いで、どんだけの時間を投資してつくっているかを感じちゃったらさ。。無料で使わせてもらっているサービスにクレームなんて言えるわけがねぇよ。。。
 
そのサービスを提供してくれるだけで「ただ、ありがとう」だよね。。
世の中に生まれてきてくれるだけで「ただ、ありがとう」なんだよ。。本当に。。
 
俺はプロダクトやサービスはつくれねぇからさ、想いと魂を込めることしかできねぇからさ、本当に生み出せる人をリスペクトしてる。エンジニアすげえな!!!って。デザイナーかっけぇな!!!って!!!!
 
彼らや彼女たちがどんだけのプライドをもって、そのサービスをつくってるか見たことはあるか!?!?
どんだけの想いでそのサービスをつくっているか知ってるか!?!?
どんだけあなたの幸せを想像してサービスつくってるか1ミリでも想像したことはあるか!?!?
ときには自分のプライドを捨ててまであなたのために機能をつくっていること知らねぇだろ!?!?
 
そしてそうやって生まれたステキなプロダクトを届けるためにどんだけの人が脳みそがちぎれるくらい考えて、ときには悔し涙や嬉し涙をながしながらがんばっているか!!!!
 
ってことなんですよ。。
それを見たこと無い人に「俺らの気持ちわかれよ!!!」とは言いません。
でもね、少なくとも「そういう苦労だったり想いの上にサービスって提供されてんだな」ってことは頭の片隅に置いといてほしい。
そしてサービスをつかうときにほんの一瞬でも「このサービスを私たちが使うまでにどんな人がどんな想いでどんな苦労したのかな?」って思い出してほしい。
そして一言でいいんですよ。たった一言で。
 
「こんな素敵なサービスを生んでくれてありがとう」
 
その一言だけで俺らはうれしいの。
もうそれだけで疲れがふっとぶのよ!
あと、できれば有料もつかってほしいけど!笑
でもね、その一言が最高の報酬なんです。本当に。
 
それが私の想いです。素晴らしいサービスを提供する全ての人に報いたい私の想いです。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
乱文失礼いたしました。

個人と地域のブランディングの本質について〜働き方改革の前に「生き方改革」「在り方改革」を!〜

世界中の誰もが見たことのない人口減少・少子高齢化という景色をみている日本の今は「自分にとっての本当の幸せ・豊かさとはなにか?」を再定義するターニングポイントでもあると思う。

 

働き方改革もそのいちピースだが、働き方改革の前に「生き方改革」「在り方改革」をやるべきだ。

 

本来、働くことや事業というのは、自分の生き方や人生の理念やビジョンがあって、そこに紐付いてくる。どう生きたいかがあって、どう働きたいか・何を仕事としたいか、がその後にくる。

 

だから、一人ひとりが「どう働きたいか?」を考える際にはその前に

「どう生きたいか?」「どう在りたいか?」「人生においてなにを生んでなにを遺したいか?」

を考えてほしいんだ。

 

 

会社においても、そう。会社の理念やビジョンの前に、経営者お一人おひとりの人生における理念やビジョンを言語化し、それをもとに生きること。それが生き生きとした魅力的な会社をつくる鍵を握っていると思っている。

(創業社長よりも二代目以降の受け継いだ側の社長は特にそのギャップに苦しんでいる)

 

人によっても、同じ人でもステージによっても「理想とする生き方」が変わってくる生き物。どう生きたいか?を考えるときに重要になるのが「どこで生きるか」だ。つまり地域というのは大事な選択肢になってくる。

 

 

注目を集めている「定額で日本中の住宅に暮らせる」を目指すADDress(代表取締役社長:佐別当隆志さん)みたいな取り組みはもっと広がるだろう。LIFULLさんが主導する空き家バンクの整理や空き家の見える化ももっと進むはず。

 

その先に人は、いつでもどこでも住める「Living Anywhere」という価値を手にすることができるのか?私はまだそれだけでは不十分だと感じている。なぜか?「どこでも住める環境」が整っても肝心の「どこに住みたいかを”選べない”」からだ。

 

 

これってペライチにも似ている。日本中にインターネットというインフラは整っているのに、日本中の事業者の10%もインターネットを活用できていない、というのが実態だ。そこに我々はITだけでなく「信頼できる地元の人」を通してペライチをきっかけに「優しくITをインストールする」ということをやっているのだ。

 

「選択肢がある」ことと「選べる」ことは違う。まずは選択肢を用意し、そして選べるようにしなければいけないのだ。そのためには、各地域地域の「魅力を見える化すること」が大事。そのために全国の自治体がこぞって自分たちの地域の魅力をブランド化し、それをPRしているのだ。

 

 

一方で、これは個人にも言えることだが、ブランディングというものを履き違えている自治体・首長さんがとても多い(そもそも一般的なブランディングという言葉自体があまり好きではないんだけど。。)。

 

その典型的な例が「自分の地域にないものをとってつける」である。東京ナイズもその一つだし、よくある「便利な某モールを誘致する」とかもその一つだろう(笑)もちろん、生活が便利になること自体は全く否定はしないが、それではブランドにはならない。

 

 

ブランディングとは、マーケッター的に平たく言うと

「人々の脳内SEOで1位をとること」なのだ。

 

つまり「尖ること」が大事なのだ。それをビッグワードでとるのかニッチワードでとるのか、それはその地域(やその人)の自由だ。

 

しかしながらいずれにしても尖らないと意味がない!!尖らなければいくら選択肢の一つとなっても「選ばれない」のだ!だからこそ「よそのものをとってつける」ではブランドたりえないのだ。

 

 

本当のブランディングとは、よそからてきとーにキーワードをとってくるのではなく、まずは自分の地域の魅力(独りよがりのやつじゃなくね)を知り、価値に気づき、それをキーワードとすること。つまり脈々とその地域で受け継がれてきた「伝統」「文化」「その地域の当たり前、でもよそからみた当たり前じゃないもの」これこそがブランドの種になるなのだ。

 

ブランドコンサルタントの守山さんが『ブランディングとは「らしさ」を際立たせること』と仰ってたが、本当にそのとおりで『「らしさ」を際立たせて、尖らせて、人々の脳内SEOで1位をとること』なのだ!

 

 

そして、地域の魅力を引き出すためにしばしば質問をする。そのときによく耳にする「あなたの地域の魅力を教えてください」は普通の質問である。でてくることは大体知ってるから、だ。

 

でも私が一番驚くことがバンバンでてくる魔法の質問は「あなたの地域の”当たり前”を思いつくだけ教えてください!」だ。経験上これが最強だ!なぜか??

 

あなたの町の当たり前を教えてくれたら、全国を見てきた私がその中から”当たり前じゃない”ものを教えてあげるよ!」ということだ。

 

当たり前なくらいに文化や習慣になっていて、かつ「外からみたら当たり前じゃない」これが一番レバレッジが効くのだ。

 

 

例えば、1月に佐賀県の有田町の町長の松尾さんとランチしたんだけど「あなたの町の魅力ってなんですか?」だと大体「有田焼」がでてくる。それだと「ですよね!」になる。

 

でも「有田町の皆さんの当たり前ってなんですか!?いろいろ教えてください!」っていうと凄いのがでてきたんだ…例えば

 

「有田町の川の河原には、普通に数百年前の陶器の破片(貴重な文化財)が落ちてるのよ。しかもそれを勝手にもち帰ることは条例違反になるから!」って。。「おもしろい!!!そんな町はきいたことない!!」ってなるわけです。それは全然当たり前じゃない!!笑

 

 

このように「地域の当たり前、でも外からみたら当たり前ではないもの」を磨いて磨いて尖らせていくことこそが、結果的に、その町や自分の強烈なブランドになるのだ。

 

だから地域も人も、まずは己を知ること。

 

どう生きたい?どう在りたい?を知り、自分の魅力を知り、それが独りよがりなものではなく、他者からみた相対的な評価として、認識すること。

 

そしてそれを磨いて磨いて尖らせていくこと。それが結果的に「大きな価値」を生むのだ!

 

皆さんは

「どう生きたいですか?」

「どう在りたいですか?」

「この世に何を遺したいですか?」

東京で売れるものがなぜ地方で売れないのか?東京脳と地方脳のすすめ

先日、私のツイッターアカウントにて投稿した内容が

とても好評だったのでブログにまとめようと思う。

 

東京ではじめた事業が上手くいき、地方に展開したいと思ったとき、

そのほとんどの場合、上手くいっていない。それはなぜか?

 

いい商品やサービスが東京で売れるからといって、

地方でも売れるとは限らない。それはなぜか?

 

その逆もまた然り。

 

それは「あること」を双方に理解していないからだ。

これから、地方に生まれ地方で育ち、

東京で起業し、日本全国をこの脚で歩き、

「地方に強いサービス」を生み出すことができた私が、

その「あること」の秘密について公開しようと思う。

 

そこには「東京脳」と「地方脳」の違い

とも言うべき感覚の相違があり、

お互いにこれを理解し受け入れない限り

「噛み合わないコミュニケーション」

をやっているようなもので、

いつまで経っても相容れない状態が続いてしまう。

 

東京側(と一部の地方都市の方)と地方側

「どちらが良い、悪い」という

二項対立的な視点ではなく

「どちらもそれぞれに素晴らしい」

と思う方々が増えてほしい。

そして地方と都会の双方の誤解が解け

お互いのコミュニケーションの架け橋になれればと考え

本記事を公開したいと思う。

 

 

東京で売れても地方で売れない…なぜそれが起こるのか?

 

それは東京と地方の「経済と価値観の違い」を理解していないからだ。

 

一方でなぜペライチは、地方で圧倒的に受け入れられているのか?

 

それは私が東京と地方の「経済と価値観の違い」を理解しているからだ。

 

 

東京の経済と地方の経済が違う??

同じ資本主義だろ!!

 

という意見があるかもしれない。

 

でも資本主義という「フレームワーク」は同じでも「ソフト(中身)」が違うんだ。

地方で成功したい人はココを理解しておかねばならない。

 

 

さて、そろそろ本題に。

 

東京は、メリットとか商品やサービスの価値で勝負しやすい。

マーケティングも効きやすい。

いわば「価値経済」がベースだからだ。

 

一方で地方はそれが通用しづらい。

なぜならば地方は「信用経済」がベースだからだ。

 

 

信用経済がベースの地方において、商品やサービスの価値である「何を買うか」よりも

「誰から買うか」の方が価値が高い場合が多い。

 

ペライチで例えると

 

「ペライチはよくわかんないけど、◯◯さんが言うんだったら使ってみるわ」

「◯◯さんがサポートしてくるからあなたにお金を払うわ」

 

そういうことだ。

 

 

そもそも、東京や都会の人たちの方が「価値に敏感」だ。

一方で地方の人の方が「価値に鈍感」だ。それはなぜか?

 

それは、地方が

「あげること(贈与)と、もらうこと(受領)が当たり前」

だからだ。

 

 

地方の有料セミナーで人が集まらないってのはそういうことだ。

「情報はタダだと思っている」からだ。

 

「えー!友達なのにお金とるのー!?うそー!?」

 

そういう感じだ(笑)

 

 

ちなみに「地方は物ぶつ交換の文化だ」ってよく言われるよね。

でも地方出身者の私から言わせると「その感覚は違う!!」と叫びたい。

 

交換になるのは「結果」であって、

「それを求めている」わけではない。

 

正確には地方は「お互いに与えあっている」のだ。

  

 

「物ぶつ交換」というのは、

交換することを前提として「こちらの提供する価値」と「相手の提供する価値」が

釣り合うもしくは許容の範囲内に収まることで「交換が成立」している。

 

地方というのはテイクするために(何かをもらいたいから)ギブするのではなく、

ギブしたいから(与えたいから)しているのだ。

 

 

つまりお互いにギブしているのであって、

結果だけみると「交換になったように見える」のだ。

 

でも実際は交換ではないから「相手からもらうことを期待していない」のだ。

 

 

例えば、私が田舎の人で、魚を釣ってきて近所の鈴木さんにあげたら、野菜をくれた、としよう。

私は野菜をもらいたいから魚をあげてるわけではなく、あげたいからあげたのだ。

 

地方は「価値交換」ではなく正確には「与えあっている」のだ。

 

 

信用経済がベースの地方において、

信用のある人同士の贈与は「当たり前」に行われる。

同時に「受領」も当たり前に行われるのだ。

 

そしてその贈与と受領は、

固定の誰かから誰かへ一方通行で行われるものではなく

インタラクティブ(双方向)に行われるものである。

 

だからこそ地方の人は

「あげることも当たり前」であり

「もらうことも当たり前」なのだ。

 

 

あげることも・もらうことも当たり前だからこそ、

地方の人は「商品やサービスの価値」に鈍感であり、

それよりも村社会における信用の方を価値が高いと感じるのだ。

 

 

ペライチはサポーターという方々をベースとした

「信用を大切にするサービス」だからこそ、

日本中に、特に地方に広まっているのだ。

 

言い換えると「ツール」でしかないペライチが、

サポーターという「信用のフィルター」を通すことで

地方に受け入れられている、ということだ。

 

 

しかも本来であれば我々が最低数ヶ月、

場合によっては数年かけて積み上げるべき信用、

これをサポーターさんが我々の想いに共感することで

力を貸してくださっているのだ。

 

同じユーザー(やペライチではサポーターも)でも、

東京と地方では「感じている価値が違う」のだ。

この違いを理解していない人が多い。

 

 

この東京と地方の違いは、

ペライチが大切にしている「コミュニティ」においても

顕著に現れ、ケアしないといけない。

 

最近はコミュニティという言葉がバズワードのごとく

いろいろなところで使われており、

コミュニティの専門家なる人たちも出現してきた。

 

正直に言おう

「その辺のコミュニティの専門家よりも、

私の方がコミュニティを正しく語れる」

と思う。笑

 

 

大抵のコミュニティ論は東京を中心とした感覚のものが多い。

ひとえにコミュニティと言っても、東京と地方ではかなり違う。

全国的に展開するコミュニティの場合、そこを理解しておかないといけない。

 

その違いを説明するためには、まず、

東京(や一部の地方都市)と地方(いわゆる田舎)での

「人の誕生の瞬間」から考える必要がある。

 

 

都会において、人が生まれるとき、その人は「個」として生まれてくる。

隣に住んでいる人の素性すら知らない分断された社会において、

地域という概念は希薄化し、生まれたときから個を強く意識するのが都会だ。

 

だからこそ都会は「好きなことで生きていく」だったり

自己実現をしよう」みたいな生き方だったりコピーは刺さる。

コミュニケーションの主体が「個である自分」だからだ。

 

 

だからこそ都会は、自分を生きる的な生き方が「すばらしい」と称賛されやすい。

東京には起業家だったりスタートアップが多く生まれるのは、

こういう背景も一助となっていると思っている。

 

このような社会においては「自分がまず幸せになる」という意識が大事だ。

 

 

一方で、地方(田舎)はどうか?

地方は生まれた瞬間から「誰々さんちの子ども」なのである。

 

つまり、この世に生まれた瞬間から「集団の一部」であり、

常に「集団を意識したコミュニケーション」が必要となるのだ。

 

だからこそ「自分一人が幸せになる」や「自分の会社だけ成功する」

という意識ではなく、

「みんなで一緒に幸せになろう!俺がんばるからさ!」

というコミュニケーションが重要になるのだ。

 

そこを間違うと「でる杭」は打たれる。

ハレーション(反発)が起きるわけだ。

 

自分だけ成功しようと思うと、周りは嫉妬ともゆうべき感情をもつ。

地方で成功するためにはこの

「地方特有の嫉妬のマネジメントを怠らない」

ことも重要だ。

 

 

しばしば、東京の起業家が「東京っぽい価値観」のツイートをしたら

「お前は自分のことしか考えてない!」的な批判をしている人をみる。

 

そのような人は地方の人が多いような気がしている(笑)

それくらい価値観やコミュニケーションへの配慮が違うということだ。

  

 

ちなみに、都会においても「家族」というのは特殊なもんで、

集団としてある種の「地域っぽい特性」をもっていて、

家庭の外では「自分を生きる」が称賛されている東京においても

家庭内では「家族のことも考えろ!」となることを押さえておかないと

「嫁ブロック」「姑ブロック」みたいなことが起こるのだ。

ここは注意が必要である。

 

 

ちなみに、地方自治体や地方企業は、

マーケティングを武器として使えるようになっておいた方がいい。

なぜならば、徹底的な顧客視点を身につけることで、

 

①矛として

自分たちの地域の魅力を知り、そして自分たちの地域では無価値なものでも外部の価値を感じてくれる人たちに魅力的に届けることで価値を生みだす(無価値の価値化)。さらに、自分たちの地域内においても、価値を提供する意識をもつことで、信用経済のなかで、さらに信用を深めることもできる。

 

②盾として

マーケティングを身に着けた外的(主に都会の企業等)から身を守るため。信用経済がベースになった地方においても、経済的に苦しくなってくると、あらゆる企業や個人において「信用」よりも「価値」を優先しだす傾向にある。その点で、地方においてもきちんとマーケティングリテラシーを上げておくことが必要なのだ。

 

 

このようなことから、東京ではいくら価値がある商品やサービスでも、

経済や価値観やコミュニケーションの違いを理解しておかないと、

地方展開は難しいということがわかってもらえただろうか?

 

東京と地方のどちらの性質が良い悪いというわけではなく、

違うことをお互いに理解をして尊重することが大切。

 

今回の投稿がそのきっかけとしての一助となれば幸いです。

 

 

そして今回の投稿で何を一番知ってほしかったかというと…

 

「ペライチサポーターって凄いんだぜ!!!」

ということだ(笑)

 

サポーターに興味がある方はコチラも見てね!

https://peraichi.com/landing_pages/view/evangelist47

なぜ私は弱者を応援したいのか

まず掲題の前に、少しだけ余談を。

昨年全くブログをかかなかったのにこんなに連投するなんて想像もできませんでした。

でも声帯結節になって声がだせなくなって、想うことがあったんです。

 

「 何かを失うということは、必ず何かを得るチャンスがある。」

ということ。これをこの好機を損失するのも自分であれば、それを期に自分を変え、新たな何かを手に入れるのも自分。

 

前回の記事が現時点でアクセスは数千にのぼり、Facebookだけでいいねとシェアを900くらいもしていただいている。それだけ共感や何かの気づきに繋がってくださったのは素直に「嬉しい」と思いました。

 

前回の記事↓

saga-world.hatenablog.com

 

私は特にここ数年は「直接会って対面で向き合う」ことを重視してきました。だからこそ多くの方から信用をいただいたと思っていますし、その事自体に後悔は微塵もありません。しかしながら、忙しさにかまけて本来好きな「書くこと」だったり「発信すること」にあまり時間を割いてこなかったということも、今回の件で認識しました。

 

「記す力」って本当にすごいと思っています。古代文字なんて数千年もの時を経て、今もなお遺っており、それを情報として解読できるレベルで継承されている。宗教の教典や聖書などもそうで、人々の想いが脈々と受け継げられている。これは本当に凄いことだし「記すことの大切さ」を改めて考えました。

 

私は記すことの大切さを、実は、既に十数年前に痛感していたはずなんです。それはなにか?

 

私の恩師であり世界で一番尊敬し、世界でただ1人憧れた存在「こんな大人になりたい!」そう心から思えた人。古賀武夫先生がそれを生前教えてくれていました。

 

武夫先生は私が24歳の頃、大学院生を卒業する頃、これから社会人としての一歩を踏み出す頃、ガンでお亡くなりになられました。私はそこで一度人生の目標を失い、心は一度そこで死んでしまったのです。

 

途方にくれ「もぬけの殻」になったとき、もう一度私に活力をくれたのもまた、武夫先生のブログでした。つまり先生は、私に「死ぬということ」と「生きるということ」この人生における大きな2つのテーマを、私に問うてくれたのです。そして先生のお陰で私は「死ぬということ」「生きるということ」「人の本当の幸せや豊かさとはなにか」を人生をかけて問い、いろんな経験をし、いろんな世界をみて、そこに自分なりの「解釈」を与えることができたのです。

 

その後、私は社会人になってからも、幾度となく先生のブログを読み返しました。ペライチを起業してからは、さらにさらに深く読み返しました。

 

特に、

人生における大きな選択をするとき。

自分の判断によって組織や社会に大きな影響を及ぼしてしまうとき。

理想と現実のはざまでもがき苦しんだとき。

そんなときはいつも武夫先生のブログを読み返し

「もし武夫先生が目の前に現れたとしたら、自分は100%自信をもって胸を張れる判断をできただろうか?」

常にそれを自分自身に問うて生きてきました。

 

武夫先生のブログはこちらです(いまちっぽけな私のブログなんかを見るより100倍心に響きます)。山下マニアの方はぜひ見ていただけると嬉しいです。

blog.goo.ne.jp

 

 

先生のブログは文章に生き様が、魂が現れています。まさに言霊です。刻一刻と迫り来る死に、最期の最期まで弱音をはかず、太陽のように明るく、いつも自分よりも地球のこと世界のことに想いを寄せ、発信されていた。

 

先生のブログをみたら、いまだに見た瞬間から涙が止まりません。ずっと泣いてしまいます。そんなブログを先生以外のブログで見たことはありません。そして同時に、先生のブログはとんでもない活力もいただけます。

 

「俺はまだ生きてる!!!!生きてるだけで丸儲け!!!!」

「こんなちっちゃなことで悩んでる場合じゃない!!!!

もっと視座を高く!もっと視野を広くそして深く!もっと遠い未来を見据えて思考と行動をしなければならない!!!!

「俺が生きているうちに必ず先生の夢だった世界平和を実現するんだ!!!!」

 

 

そして、つらいときは

 

「翔一!今ここで頑張らんで、いつ頑張っとか!!!!!!」

「ツライときこそ笑え!!翔一!!!ガハハー!!!!!」

 

と先生が言ってくれる気がします!!

 

リーダーというのはとても孤独だと言われますが、確かにそうかもしれません。

しかし、今の私には日本中に、いや、世界中に同志がいる。

ちっぽけな私ではできないことも世界中の同志の力を借りたら無限の可能性が広がる。

 

そして心の中にはいつも恩師がいる。

恩師の言葉がいつも見れるところにある。

こんなに心強いことはありません。

 

だからこそ「俺は何でもできる!!!!!古賀武夫が生きていたら笑いとばしてやっていたはず!!!!!俺は古賀武夫を超えると誓ったんだ!!!!!こんなところでつまづいてなんていられない!!!!!まず笑おう!!!!!!」何があっても、そう思えるのです。

 

そう、やっぱり「記すこと」は本当に凄いこと。

文字には本当にすごいパワーがある。

私はほとんど本を読まないけど、偉大な経営者たち、先人たちの本にはたくさんの知恵と勇気をいただいた。

それをもう一度「声がでない」というチャンスが、教えてくれたのかもしれません。

このタイミングだからこそ「記そう」と思えたのかもしれません。

 

だからこそ、自分の想いを「遺したい」そう思ったのです。

自分が明日死んでも、今までに記したものは「遺る」

 

つまり肉体は滅びても、自分の意思は文字を通して遺りつづけ、いつの日か誰かに勇気を与えたり、誰かに居場所を与えたりできるものになったらステキだなと思っています。

 

なのでこのブログで改めて、私の普段語っていること、そして語らないことも記していきたいと思うので、しばしこの旅にお付き合いいただけますと幸いです。

 

 

さて、前置きだけで1回分になってしまいましたが(笑)

本題に入ります。

 

「なぜ私が弱者を応援したいのか」

「なぜ私はいま弱者を応援しているのか」

 

結論から言うと、

 

①私自身が弱者だった(幼少期に裕福ではなかった、仕事が全くできない落ちこぼれだった)

②誰にも負けないネガティブな子どもだった

③そこから変われた自分がいた、だからそういう人を助けたいと思った

④弱さを知るものこそ、優しさを兼ね備えた真の強き人間だと思う

 

だからです。

 

実はこれ、ほとんど話したことがありません。

上記の問いに答えるには、まず自分の幼少期について話さなければなりません。

断片的に話したことはあるかもしれないけど、私の幼少期の闇の部分を話したことがある人はごくごく一部な気がします(親にすら言ってないこともあるかと)(笑)

 

けっこう貧しかった幼少期時代

私は1983年に佐賀県佐賀市に生まれました。佐賀への愛が人一倍強い人間です。

 実家は、本当に小さな町の印刷会社の2代目社長である父と、母が取締役で、そんな二人の背中をみて育ったのです。

 

土日祝日を問わず働き(特に母ね、父はよく釣りにいってました笑)、母の車の助手席にちょこんと座ってお客さんのところにいき、可愛がってもらっていました。

 

いまでこそ、創業65年目で従業員さんも30名近くいてくださる会社に成長できていますが、幼少期は本当に全然裕福でもなくて、外食なんてほとんどしたことがなかったし、朝起きたら台所で朝食をつくる母の隣りでスーパーのカゴみたいな洗濯カゴをひっくり返して椅子にしてそこに座って「ねこまんま(ご飯に味噌汁をかけたやつ)」を食べるのが好きでした。

 

小学低学年くらいまでは、お腹が減っていても家に迷惑をかけまいと子どもながらに気を遣い「お腹いっぱい」と言ってご飯のお代わりはあまりしない子どもでした。だからお金がない苦しさとか、やりたくてもできない辛さとか、やりたいことをやりたいと言う申し訳なさがとてもわかります。

 

スーパーネガティブ少年、翔一

私は子供の頃、スーパーネガティブ少年でした。今でこそかなりのポジティブ人間ですが、子どもの頃のネガティブ度でいうと本当に佐賀トップクラスだったと思います(笑)

 

具体的にどういうことを考えていたかというと、

・親と遠出をするときは「ここで車から降ろされたらどうしよう。。」という不安でいっぱいで、最悪自力でも帰れるように家から目的地までの道のりは大体記憶していた。

・夜中に「とんでもない空腹に襲われたら生きていけるだろうか?」と毎日のように思っていた。幼少期はハロー(主婦の店)というスーパーが家の近くにあるくらいでコンビニなんてなかったので夜中の不安がハンパなかった。

・大地震などの天災で九州が本州から切り離されたら、物資の供給はどうなるのだろうか。これも夜に不安すぎて寝れないことが多々あった。

・何かのきっかけで日本が戦争に巻き込まれたらどこに隠れるか、どうやって生き延びたらいいか。

・(当時は両親がよくケンカしたり、たまに母が私を抱えて車で軽い家出をしたりもあったので(笑))リアルに離婚したら、俺はどちらの方についていくべきか。親父は経済的には自立できるだろうし、強がるだろうけど、本当は精神はネズミのような性格なのを知っている。かといってはやっぱり母が心配だ、俺がいなくなったら母はどうなってしまうのか?母からの無償の愛は一番感じていたのでやっぱ母側につくべきか。じゃあ俺が稼がないといけないよな、何しよう。。

・このまま一生モテなかったらどうしよう(大学1年まで彼女ができなかった)。。周りの女子はみんな俺のことが嫌いなんじゃないか。。

・被害妄想が凄すぎて、他人の話とかずっと聞いてたし、ずっと視線も感じてた。

 

とか挙げればキリがないんですけど。

「可能性は低いけど、あらゆる潜在リスクが気になって仕方がない」人間だったんですね。ポジティブにいうと、想像力が豊かだったのです(笑)

 

本当にしんどくて変わりたくて変われた自分

翔一少年はネガティブな自分を本当に変えたかったんですよね。しんどすぎて。。

これって心理的安全性をどう担保するかがすごく大事だと思っていて、私の場合は、


①何があっても裏切らない、否定されない、聖域ができた(家族、親戚、友、空手や英語道場のコミュニティなど)

②自分自身に生きてく力がついた(食べていく力、人を巻き込む力、人の気持がわかる力、信用)

③いい意味で死ぬのが怖くなくなった(恩師の死が教えてくれた)

 

だったんですよね。それで「何があっても大丈夫!生きてりゃなんとかなる!」と思えるようになりました。何も怖くなくなって、嫌いな人もいなくなって、嫌われることも怖くなくなって、そして嫌いな食べ物もなくなりました(笑)

 

だからそういうツライ気持ちがわかるから、変わりたくて変われない人をみると助けたくなるんです。ただ、勝手に変えようとは思いません。そんなことおこがましいので。

  

弱さを知るものこそ、真に強きもの

これもやっぱ恩師である武夫先生の影響が大きいですね。幼少期から習っていた空手の稽古で毎日最後に斉唱する言葉がありました。それは、

 

「強くやさしく、やさしく強く」

 

もうね、これ暗示ですわ(笑)

毎日毎日これを小さい頃から唱えてますからね、宗教ですよね(笑)

でも武道の素晴らしさはそういう精神にこそあると、大人になって本当に思います。

 

強くてやさしさ無き者は、もってのほか。

でも、やさしいが強さ無き者は、大切なものを守れぬ、正しさを通せぬ。

強さとやさしさとは、対になってこそ素晴らしい。

 

これは自分の人生のベースになっている一つの価値観ですね。

これがあるから「やさしさがない強さは意味がない」と思えた。

「やさしさ無き経営は、独りよがりの経営だ」と思えた。

そして、やさしさとは、押し付けることではなく、寄り添えることだ、と。

 

弱かった者は、弱い者の気持ちがわかる。

だから弱い者に寄り添える。

弱い者が強さを手に入れ、やさしさを忘れなければ、また次の弱い者を助けてくれる。

だから私は弱い者を応援したいのだと思います。

 

事業や活動をやるとき、助けたい対象は別に誰を選んでもいいんです。

でもやはり心から助けたいと思える者を応援する方が、一番パワーがでると感じます。

 

私の場合はそれが、地方だったり、高齢者だったり、女性や主婦だったり、子どもだったり。どの側面に弱さがあるかはそれぞれによって変わりますが。

 

子どもの頃から世界平和を目指しているので、最終的には地球上の全ての方に幸せになってもらいたいのですが、まずは身近な日本、そして弱い方からですね。

 

あなたは誰を応援したいですか?

お金=価値だと思ったら大間違い!「お金と価値と信用」について

昨年、ほとんどブログを書かなかったのですが、年も変わり、ちょうど声帯結節で声が出せない状況なので、なんか書こうかなと思っておりました。

 

新年一発目は、商売やビジネスをやる上で理解しておかないといけない『お金と価値と信用』について書きます。

 

仕事柄、年間で何百人と経営や事業について相談に乗るのですが、商売をやる上できちんと押さえておかないといけない、『お金と価値と信用』を勘違いしている人が本当に多くて、そのせいでいろんなところから被害報告を受けています。

 

セミナーで騙された!」とか「◯◯さんのマネしても全然上手くいかなかった!」とか。

 

話を少し聞いてみると、

 

「それってビジネスとして成り立ってないよね!?」

 

ということがめちゃくちゃ多い。

 

 

「自分のやりたいことや好きなことで生きていく」

 

聴こえはいいんだけど、商売において自分のエゴを押し付けることばかりやってませんか?

 

対価をお支払いいただいた方にきちんと価値は生めていますか?

価値を期待してお支払いいただいた方々の期待を裏切っていませんか?

自分や誰かの信用を食いつぶしてお金に変えていませんか?

 

 

はじめに前置きをしておくと、私は本とかほとんど読まないので、このブログは自分の体験してきた感覚を言語化しただけです。

 

なので「あの本ではこう表現してた」とか「それって誰々さんが言ってた◯◯のことだよね」とか言われても知らないのであしからず(笑)

あくまで山下的解釈ということで。

 

 

まず、言いたいのが、ビジネスの100歩手前というか、商売の前に、、、

 

『自分の商品やサービスに愛があるだろうか?』

 

『それらに誇りをもてているだろうか?』

 

『顧客という一人の人間を想いやれているだろうか?』

  

『その相手に寄り添えているだろうか?』

 

ということです。

もし、それらがなければ、商売の以前に、それらをもっていただきたいと思うところです。

それらが商売の原点だと思うからです。

 

 

さて、本題である『お金と価値と信用』について。

 

お金というのは『価値に対する対価』なんですよね。

決して『価値=お金』じゃない。

 

お金ってのは本来、お金を払う側が価値を感じて、

もしくは価値を期待して、それに対して妥当な金額を支払う。

 

予め定価を定めたサービスや商品を買ってくれるということは

原則、購入者がその定価以上の価値を感じた、もしくは期待した、

だからお金を払ってくれるわけですよね。

 

期待したのにそれほどまでの価値を感じなかったら、

リピートしない、もしくは悪い口コミを生む、シンプルですよね。

 

 

そして価値ってのは絶対価値ではなくて、相対価値。

自社の商品やサービスにどれくらいの価値を感じるかは

人によって変わるというのが前提です。

 

だから、私の場合は、今でも何社・何人かコンサルを請けていますが

最低限度の報酬設定はしているものの「定価と契約期間」は設定していません。

 

相手によって自分の提供できる価値が変わるのと

相手の努力によってどれくらいの期間で独り立ちするかが変わるからです。

 

あと、契約が成立したとしても、

報酬よりも自分が提供した価値が下回ったと思ったときは

減額もしくは報酬をいただいていません。

 

「お金」ではなく「提供できる価値」と

それによる「信用」を大切にしているからです。

 

 

お金と価値の関係でいうと、一つ忘れてはいけないのが、

「価値を感じてもらうこと」と「どれくらいお金を払えるか」は

また別問題ということです。

 

これをごっちゃにしてはいけない。

 

世の中、価値は感じているが

「感じている価値ほどの対価が払いたくても払えない」

という人はたくさんいます。

 

そしてその逆で

「さほど高い価値は感じてないが、高い対価を払える」

という人もいます。少ないですが。

 

これは、単純に同じ金額だとしても

「自分のお財布に対する痛みが違う」からですね。

当然、所得の違いや資産の多寡も関係あります。

 

 

そして、ビジネスや商売においてとても大事な「信用」ですね。

 

基本、ビジネスにおける取引は、自身の「信用」を超えては行われない。

 

大きな金額を発注してもらえる、

大きな金額を集めることができる、

それは自分にもしくは自社にそれだけの信用があるからです。

 

たとえ、自社の商品やサービスに価値があると感じてもらっても

社会的信用がなければ発注してもらえないかもしれません。

 

大企業さんなんかにはよくありますよね。

ちゃんと取引先が信用のある存在か?

それが大事なんですね。

 

銀行なんかもそうですね。

どれだけ商品や事業計画が魅力的でも、

信用がないと融資は受けてもらえないですよね。

それだけ信用というものは大事なんですよね。

 

ちなみにペライチも初めは信用なんて微々たるもんでした。

だからこそ、サービスをリリースする前から、

上場会社3社をはじめとする10社ほどと水面下で提携をはかり、

リリースと同時に2週間に1回ほど提携のプレスリリースを打ちました。

 

そうすることで、メディアの方々やユーザーさんや一般の方々にも

「ペライチは上場企業とも提携できるほどに信頼できる会社だ」

という認識がされるようになったんですね。

それによって事業連携がやりやすくなりましたし、

メディアへの掲載も大きく増えました。

 

 

なのでご自身の商売で

「売上があがらない(泣)」

「商品が売れない(泣)」

というときには、

・価値を生めてないのか?

・価値が伝わっていないのか?

・信用がないのか?

こういったことを考える必要がありますよね。

 

 

ちなみに「信用があれば必ずしもモノが売れる」わけでもありません。

 

あくまで、お金は価値の対価。

もちろん、貯まった信用によって「価値への期待」は高まりますから、

新商品だったり新サービスをだしたときには「期待に対してお金を払ってくれる人」はいるでしょう。

 

しかしながら、サービス提供者として意識すべきは、あくまで、

「正しく価値を生むこと」です。

 

でないと「期待したものが期待はずれ」になれば、

一時的には現金化するかもしれませんが、長期的には、

せっかく貯まった信用が減っていくからです。

 

あくまで「お金」というのは「価値に応じた対価」として支払われるべき。

ということです。

 

最近はクラウドファンディング等でも集金はカンタンになりました。

特に信用が高い人や、価値の期待できるプロジェクトについては

大金が集まることも少なくなくなってきました。

 

そんなときでも、お金が集まったから万歳!ではなく

お金を払ってくださった方が何に対して対価を支払ったのか?

を意識してほしいのです。

 

例)

リターンが魅力的だった → リターンで価値を提供しないといけません

企画者の信用で応援した → お金が集まったあとの「行い」の方が大事です

 

お金が集まったからといって、自分の実力だ!とか、大きな支持を得たからなんでもやっていいんだ!ということではなく、お支払いいただいた方々の期待に応える義務があるのです。

 

それをなおざりにしていると、確実に信用は減っていきます。

 

 

ここ数年、こんなに嬉しいことを言ってくださる方がたくさんいます。

 

「山下さんのセミナーは安すぎます!!」

「こんなに濃い内容でこんなに安いのですか!?100万円でも払います!!」

 

これは個人的には嬉しいこととして捉えていますが、

私は、セミナーで儲けようと思っていないし、

極力どんな方も受けてもらいたいと思っているし、

お越しいただいた方の大事な時間とお金をいただいている以上、

「今まで受けた講演のなかで一番価値を感じた!!」

と思ってもらいたく設計しているので、当然といえば当然です。

 

だから1回の講演でも、対象が誰であろうと、どこであろうと、

たとえ報酬がなかったとしても、一期一会、誠心誠意、対応したいと思っています。

 

 

一方で、こんなこともよく聞きます。

 

「こないだ参加したセミナーが◯万円したんですが全く身になりませんでした!」

「コンサルに◯十万円払っているのですが全く売上につながりません!」

 

これ、本当に要注意ですよねぇ。

 

まず「身にならない」とか「売上につながらない」ってのは「結果」ですね。

 

その結果に繋がったことを要素分解する必要がありますよね。

どこに要因があったのかをつきとめるために。

 

・そもそも相手が悪いんでしょうか?

  → 自分は言われたことを行動できたのでしょうか。

    もしかしたら「相性」の問題かも、それを判断できなかった自分の責任かもしれませんよ。

    少なくとも相手のせいにしているだけでは改善は見込めないですよね。

  

・仮に相手が悪かったとして、何が問題だったのでしょうか?

 

 

よくね、セミナー講師とかで見かけますよねこういうキャッチコピーとか実績。

 

スマホで◯◯するだけで収入××万円アップ♪」

「独立後たった◯ヶ月で月商××万円を達成!そのノウハウ教えます!」

「あなたもなれる!1日たった◯分で月収××万円!」

 

よく見るなー、こういうプロフィールの方がFacebookで友達申請きても

私は絶対に承認しないやつですね(笑)

 

 

もし仮に「起業後半年で月商100万円を達成!そのノウハウ教えます!」

とうたっているコンサルチックな方がいらっしゃったとして、

あなたはその方に教えを請おうか迷っているとします。

そんなとき、何を考えたらいいのでしょうか?

 

そもそもですね、その人に信用があるかをきちんと考えないといけないですよね。

 

月商100万円なんて騙したり搾取したりしたら一瞬でいく金額なんですよ。

もう一瞬です。50万円の商材を2つ、100万円の商材を1つ売ったらそれで終わりですから。

 

その人は

・どこの誰で

・どんな価値観をもっていて

・どんな商品・サービスを

・どんな方法で

・誰にどれくらいの価値を生んだ上で

それを達成したのか?

 

これをきちんと理解することが大事ですよね。

本来はお金を払う前に。

 

これ、鍛えたり、信用できる人脈が増えると(リファレンスなんかで)、

一瞬で判断できるようになるんですが、まずはきちんと意識することが大事ですね。

 

 

「100万円を売り上げた」というのは結果なわけです。

大事なのは「お客さんはその人の何に対して対価を支払ったか」が大事。

 

その人の信用によって集まったものか?

はたまた他人の信用を借りて集まったものか?

 

その人自身が生んだものに価値があったのか?

それとも他の誰かが生み出した価値を借りたのか?

 

そして、それらは貴方が実践できるものなのか?

それらは再現性があるものなのか?

再現性はあるが、それはあなたの信用を毀損するものではないか?

 

 

「実績」として見せるのはカンタンなんだけど、

大事なのはその中身。

 

それらはきちんと意識して自分の責任の上で、

判断してほしいと思います。

 

 

冒頭でも言いましたが、個人でもビジネスが簡単にできる時代になり、

「自分のやりたいことや好きなことで商売をしたい!」

そう考える人も明らかに増えている実感があります。

 

それ自体は素晴らしいし、ペライチとしても私個人としても応援していますが、

人様からお金をいただくということは「相応の責任が生じる」ことも併せて

理解しておかないといけません。

 

売上をあげればなんでもいい。

そんな意識では、生きていくために必要な本当に大切な信用がなくなってしまいます。

 

お金をいただく以上、きちんと価値を生み、

その対価として適切なお金をいただく意識をもちたいものです。

 

そしてその価値を生む方法はいくらでもあります。

誰かの商品やサービス、ノウハウをそのまま売ることもできます。

 

ですが、あなたの価値を最大限高める最良の方法は

あなた自身の内に秘める魅力を磨いていくことにこそあると思います。

そのためにはまず、自分の魅力に気づくこと。

 

自分の魅力に気づき、それを日々磨き、価値を生める人になって、

一人ひとりのお客さまに寄り添うことで、小さな信用を積み重ねていってほしいです。

 

そうすれば、お金と信用が正しくついてきて、

あなたの人生を豊かにし、幸せに導いてくれることでしょう。

 

 

最後にもう一度、質問します。

 

対価をお支払いいただいた方にきちんと価値は生めていますか?

 

価値を期待してお支払いいただいた方々の期待を裏切っていませんか?

 

自分や誰かの信用を食いつぶしてお金に変えていませんか?

 

もしできていないとするならば、それは商売ではなく、

「詐欺」もしくは「搾取」かもしれませんよ。

一生分の母孝行

超久々の更新で恐縮です。ちょっとだけ自分と向き合う機会がとれたもんだから、久しぶりにブログ書いてます。
今回は経営というよりは、自分の原点について。私の『母』について書きたいと思います。

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昨夜はたまたま予定が空いて、たまには仕事ばかりせずに、ちょうど私が創業した会社(ペライチ)で2ヶ月間修行中の母を大塚の名店につれていき、「一体どれくらい振りだろう?」というくらい久しぶりに2人で食事にいきました。
思えばうちの家は経営者家系で、小さな頃はまだまだ両親の会社も小さく、お世辞にも豊かな暮らしだったとは言えませんでした。小学生低学年の頃までは、ご飯を食べたくても家計に迷惑をかけまいと子どもながらにガマンしていたくらいです(笑)
しかしながら、裕福ではなかった一方、愛情を人一倍を受けて育ったという充実感と幸福感はとーってもあります。母親からは特にですね。「俺は世界で一番愛されてるんじゃないか!?」と思っていたくらいです。(周りからは過保護と言われたこともありましたが笑)
会社が小さいと土日や祝日限らず経営者自らが働かないといけません。母も平日は夜遅くまで、休日もよく客先に行ってました。でもそんな客先に当時は赤いルノーの助手席に「ちょこん」と乗って、客先についていっては、スーパーシャイな子どもだったので母にしがみついていたのを鮮明に憶えています。幼い頃は常に母にくっついていたのを憶えています。

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小学生低学年のとき、家の近くの川でカニ釣りをしてたら川に落ちてしまって、塀が高すぎて(2m以上)、あがれないでいたところ、たまたま神なタイミングで博史(当時40歳くらい)が車で通りかかり引っ張り上げようとしてくれたんだけど、引っ張り上がらず(笑)困っていたところになんとこれまた神すぎるタイミングで母が通りかかりました。
当然、力は父より劣るのですが、このときの母は火事場の馬鹿力とはこのことで、子どもの私を「ひょい!」っと一気に引っ張り上げてしまいました!このときの驚愕たるや!!(この頃から親父の家庭内評価が下がった気がする(爆笑))
母はいつもタイミングがいいんです。本当に驚くほどに!!!
ヒドイ雨や雷、台風、ヒョウが降るときは下校のとき「なんかお母さんが通りかかりそうだな〜」なんて思ってるとほぼタイミングよく通りかかるのです!!そして友だちも一緒にピックアップして送ってくれる、なんてことが何十回あったことか!!
ちなみに、当時の両親の会社から学校までは車でそれなりの時間かかるので気軽に帰ってくることは難しかったはず。でもタイミングみて帰ってきてたんでしょうねぇ。。
 
いまいろんな方に『やっぱり一番大切なのは愛だよ!』とか『子どもはバカでも運動できなくても愛してあげてよ!』とか言ってますが、まさにこれは自分自身が
『勉強嫌いでしょうもない自分を何やっても否定せず愛してくれた親に感謝しているから』
なんです。
何の自慢になりませんが、私は小学1年生の冬に自分で決めたんです。
『一生、宿題はやらない!!!!!』
と(笑)
それ以降、学校からだされる宿題という宿題をほとんどやった記憶がありません(笑)
当時は今みたいに「体罰だ!」なんてなかったですから、宿題をしなかったことで先生からゲンコツも死ぬほど食らいましたし、おでこに不真面目なレッテル(スタンプ)も死ぬほど貼られましたし、廊下に何度正座させられたことか(笑)
それでもナルトばりに『自分は曲げねぇ!!!!!』という頑固さは人一倍でございました。絶対しなかったですね。

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子どものクセに指示されたりとか、強制されることがマジで嫌いでした(笑)
『子どもだけど俺は一人の人なんだ!!!』
とずっと思ってました(笑)
三者面談でも毎回のように
「翔ちゃんはテストは良いんだけど、宿題を全くやってこないんですよね(苦笑)お母さんからも言ってやってくださいね(切なる願い)」
と言われていました。
自分が叱られるのは慣れっこでどうも思わないたちでしたが、毎回「宿題」というワードで責められる母にはけっこう申し訳ない気持ちでした。そんな先生から責められる母から発せられる言葉は毎回決まって
「言って聞かせます。」や「宿題しなさいよ!」
ではなく
「すみません。」や「申し訳ありません。」
だった。
(これで何度目だ。。さすがにお母さんも怒るかな。。。)
と思っていても、そんな沈んだときこそ母が言うのは
『たまには外でご飯たべようか!』
なんだよな。
息子が宿題せずに怒られたときも、喧嘩をして悪いことをして呼び出しを食らったときも、母だけはいつも自分の味方だった。この文章を書いてて自分が泣けてきた。
スーパー変な子どもだったけど、グレずに真っ直ぐに成長できたのは、他でもない、母のお陰だと断言できる。
本当にありがたい。感謝している。

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18歳になって大学入学を機に九州をでて一人暮らしをはじめた。そのときも母は1週間くらい休みをとり、大学のある広島の田舎で家具や家電を買い、生活雑貨を買い、食料を買い、料理の仕方、洗濯の仕方、生きていくための一通りを伝授してくれた。一人暮らしにワクワクでいっぱいの息子とは対象的に、母は子どもが初めての一人暮らしということで心配でならなくて(あとから親父から聞いた話だが)、帰りの車で「かわいそう」と号泣していたそうだ。あのときの自分に「涙の一つも流せ!」と叱ってやりたい。。笑
(洗濯で思い出したが、一人暮らしをはじめた当初、全自動洗濯機の使い方がわからずに自動で水が流れて止まることを知らずにしばらくは元の蛇口を手動で開閉していたのだが、それも今となっていはいい想い出だ笑)
大学時代も相変わらずの親不孝な息子で「お金がない」と実家に帰るのは1〜2年に1度くらい。それに見かねて少しでも息子と一緒にいる時間をつくろうと、両親は何度も車で片道5時間かけて広島に来てくれた。
そして帰省したときも「送ってく!?」と気軽に言いやがった息子の言葉に「しょうがなかなー(仕方ないなあ)」と言って何度も佐賀から広島にドライブがてら送ってくれた。
一人暮らしをするなかで初めて、家事の大変さ、生きていくことの力強さを感じ、仕事と家事の両立なんてとんでもないと感じ、何十年も誰よりも早く起きて誰よりも遅く寝て仕事と家事を両立させてきた母の偉大さを知るのであった。
 
社会人になってからは上京し、さらに仕事と遊びに明け暮れ、あまり実家には帰らない親不孝は健在だった。生まれつき体だけは強く、これといって病気もせず風邪すらもほとんどひかずに育ったもんだから、ちょっとでも体調を崩すと母は
「大丈夫ね!?お母さんが飛行機で行こうか!?」
といって俺の返答をまたずに身支度をする始末(笑)
そこでも口では「いいよ〜俺ももう大人なんだからほっといてよ〜」と言いつつ、知らぬ人ばかりの都会で孤独に戦う若者にとっては、『何をやっても許される、戻れる場所』というのはどれほど勇気を与えてくれたことか。本当に感謝しかない。
 
そんな親不孝な息子にも、親孝行のチャンスが到来した。
ペライチをリリースして1年くらい経ったとき、両親の会社をコンサルする機会をもらった。経営者としては未熟すぎる私ではあったが、私なりに前職時代から自社の社長や、クライアントやパートナー企業の経営者たちと仕事をするなかで、彼らの思考や動きをかなり学んできた。
そして、人として必要なこと、経営に必要なこと、世の中にとって必要なことを体感してきたつもりだった。その経験をもとにコンサルをさせてもらった。
コンサルをはじめた当初は正直、不安というか不満でいっぱいだった。。地方で経営するというのは大変なことで、もう60年以上も会社を続けている事自体が凄いことなのだが、長く経営しているからこそ、失ったものもある。当時は両親と話をすれば一言目にはグチ、二言目には言い訳、三言目には弱音、そんな状況だった。
「こんな経営者経験もない若造が生意気だ!」
「長年経営した先輩経営者に対して失礼だ!」
そう思いながらも、1年半ほど前に私の実家で取締役陣全員を正座して激励したことがあった。
「こんなこと言いたくない。。」
「身内やし。。」
でも我々はどこまでいっても経営者家系!
「まずは経営者自身が変わらねば会社は変わらぬ!」
「従業員さんのために経営者自身が背中を見せなくてどうする!」
そう思って、つらい気持ちを押さえて、両親含めた大先輩方に檄を入れたことは一生忘れない。逆にあのときにそう言った自分自身の責任を、自分自身の振る舞いを、今でもときどき思い出すいいきっかけを与えてもらった。 
 
なんとか空気を変えねばならんということで、ペライチを導入してみた。そこで収益を上げるということもそうだが、それよりも『新しいことにチャレンジする心』『未知のものや最先端なことにトライするワクワク感』そういうものを取り戻してほしかった。 
経営者自身がワクワクする未来を描けなくて、スタッフの皆さんはワクワクするのだろうか!?
経営者はいろんなリスクとって、スタッフさんたちの生活を第一に考え、養う責任を負っている!だからこそ自分たちの唯一の特権である
『何より自分たちがワクワクするビジョンを未来を描くこと』
経営者だったら、それだけは行使しないともったいないのである!
 
結論からいうと、これがとても良かった!!!!
新しいことにチャレンジすることで、経営陣のモチベーションも上がった!新たな収益性の高い事業の柱になりうるものも見つけた!ITに強い外部のパートナーとも連携ができて、印刷という領域から会社としての可能性を大きく広げられた!そして業績もとても良くなっている!!
経営陣の意識が変わり、ポジティブになり、思考に柔軟性が生まれたことが、何よりも素晴らしい!!!
そしてあるとき、母から一通のLINEが届くのである。
 
『翔一さん、相談ですが…
 ペライチの習得、サポーター、その先を目指して
 1、2ヶ月ペライチで修業させていただくことは
 出来ますか?』
 
!!!???
どういうことだ!?笑
修行!?サポーター!?
それに「その先」ってなんやねん!!!!笑
 
もういろんなことが想い巡るよね(笑)
 
「サガプリンティング(両親と叔父の会社)は許してくれるのか!?」 
「ペライチのみんなは温かく受け入れてくれるのか!?(50代をスタッフとして受けれたことがない)」
「スタートアップのスピード感に母は耐えられるのか!?」
「スーパーアナログな会社からスーパーデジタルな会社に56歳の母が飛び込んでやれるのか!?!?」
「腰が弱い母は一日中座って仕事ができるのか!?!?」
「方向音痴の母に東京で生活していけるのか!?!?」
 
などなど心配ごとはキリがない!!!!
とはいえ、母のやる気に押され、両親と叔父の経営する会社とペライチのみんなの協力を得て、母は2ヶ月間ペライチへの修行の旅にでたのである。。。
 
そんな母のペライチ修行日記はコチラ(笑)

 

今回の件は、なかなか親孝行をしてこれなかった息子にとって(あと、ペライチでメディア編集長として働く妹にとっても)、とてもいい機会をいただいた。

これを実現できたのは、母が取締役をつとめる会社の皆さんのお力添え、そしてペライチのみんなの温かい心と協力があってこそ。(スタートアップの創業者の母が2ヶ月修行に来るなんて聴いたこと無い!!!)
本当に感謝である。
そして1ヶ月半の修行によって、母はものすごく成長している。昨日のご飯のときに話をして心から思った。
私は母の性格は熟知している。良いところも悪いところも。
経営において、マネジメントにおいて
「よくないなー。。でも母の根本の性格だから直らないだろうなー。。。」
と思ってたことが、従業員さんの気持ちがわかったことで、悟りをひらいたかのように変わっていて正直、私が一番驚いた!!!
やっぱ人って変われるんだなあ!!!!
何歳からでも成長できるんだなあ!!!!
と感動した!!!
 
母の修行はあと2週間続きます。
こっちにいる間に少しでも親孝行できるように努力するとともに、私も母より20以上も若いのにまだまだ頑張らねば!!と身が引き締まる思いです。
日常に感謝をして、今日もたのしもう!!!!!
【あなたは親孝行できていますか?】

真のマーケティングの民主化とその実現に必要なこと

ブログをだいぶご無沙汰してました。

 

マーケティング民主化」という言葉を聞いたことがありますか?簡単にいうと

 

マーケティングを特定の企業や個人だけでなく、広く一般的に使われるものにする」

 

ということですが、私も以前からペライチでやりたいこと一つとして話していますよね。

 

そして最近、「ネットの普及によって日本でもマーケティング民主化が起きている」としばしば耳にすることがあります。

 

しかし、私が全国を飛び回って感じるに、実態はまだまだ。民主化しているとは到底言えないと思います。

 

マーケティング民主化って言ってる人は大体リテラシーの高い人

なんでそういう勘違いが起きるかというと、地方創生でも「地方にろくに行ってない人が地方創生を語っている」ことがあるように

 

『デジタルに住む人が真にアナログな人の声に耳を傾けずデジタルネイティヴな感覚をもって「あぁ、最近誰でも使える便利なサービスがでてきたなぁ」とか感じちゃったり、ネットを使ってる人や自社サービスのユーザーの声だけをきいてマーケティング民主化が起こっていると勘違いしている』からだと思います。

 

はたして、100万人が使えれば民主化なのか?

少なくとも数千万人が実現できて本当の民主化ではないか?

 

真のマーケティング民主化の実現に必要なこと

本当の意味でマーケティング民主化を実現するにはネットを利活用していない人の、特にネットの利活用が遅れている「地方の人たち」の声に耳を傾けねばならない。だから私は今でも多くの時間を地方の方々との対話に費やしている。

 

ではなぜ、まだネットがこれだけ普及した今もマーケティングは真の意味で民主化してないのだろうか?私が感じていることとしては次の2点だ。

 

  • ハードルが高い(日本国民のITリテラシーの低さ、ネットサービスの技術的・金銭的ハードルの高さ など)

 

  • やれるけどやろうとしない(危機感がない、面倒臭い、時間がない など)

 

前者に関して、ネットサービスのハードル自体はかなり下がってきたように思える。もちろんペライチもそうではあるが、他にもかなり利用ハードルが低い事業者向けサービスがたくさん日本にもでてきたと言えます。

 

しかしながら、それでも、サービス提供側がどれだくハードルが低くなったと思っていても「地方でまだネットを全く活用していない方々、特に年配者の方々には我々が思うよりも遥かにハードルが高い」というのが実情です。

 

さらに、そのハードルを超えられたとして後者という第2のハードルが待っています。

 

デジタル上でのアプローチ・フォローの限界

現在のマーケティング民主化を目指すスタートアップやベンチャー企業では、それこそデジタル領域をメインにリードの獲得やナーチャリング、CRMを行っている。

 

しかしながら、上記のような方々にデジタル上だけでアプローチしても限界がある、成功したとしてもたかだか数百万人しか使わないし、仮にサービスを使ったとしても彼等の成長にはつなげられないことが多いだろう。

 

真の民主化を実現するためには

もちろんネットも必要だが、肝は「リアル」にこそある。

そう感じている。

 

いま現在ネットを活用できている人ではなく

「まだネットを活用できていない人」にこそ

広めていかなければならないからだ。

 

そのためには、

  • やれない人、やらない人の背中を押す
  • やれない人、やらない人に伴走してあげる

そんな「身近な存在」が必要不可欠だと感じている。

 

雇用しようとすると破綻する

一方で、ビジネスとみたときに「ITリテラシーが低いけど助けたい人々」は当然、とりわけ手間がかかる。それに対して全国に支社をつくり、社員を雇用して対応しようとすると、採算が合わないのは明白であり、かつそのような場合は自社サービスを無理に売り込んでしまう可能性が高く、フォローされる側にとっても健全ではなく、真の意味でのマーケティング民主化には繋がらない。

 

真のマーケティング民主化におけるポイントは、

 

  • 短期的な利益を求めない個人や法人が広めるべき(助けるべき人はあまりマーケティングに投資できない人だから)。
  • 特定の会社やサービスに傾倒する存在ではなく、助けたい相手をファーストに思えて伴走できる存在であるべき。
  • それらの条件に合致しフォローできる方が全国に数万人〜数十万人単位で必要。
 

これはかなり無茶苦茶なことを言っていると思います(笑)でも本当にそれくらいやらないと本当の意味でのマーケティング民主化は実現できないと思います。それでも私は本気でマーケティング民主化を目指しています。

 

肝は全国各地にいるサポーター

ペライチには47都道府県サポーター制度というものがある。

peraichi.com

現在、認定済みの方で130名超、これから認定する予定の方を含めると200名以上の方が全国にいらっしゃいます。

 

このサポーターとは一言でいうと

「私やペライチの想いに共感し、自分の地元や住んでいる地域の人や企業を助けたい!応援したい!心からそう思える方々。」

です。

 

ここでいう私やペライチの想いとは、ざっくりとはこんな感じのことです。

saga-world.hatenablog.com

 

サポーターさんたちは、ペライチにユーザーを紹介しても、有料会員を紹介してもペライチからは1円ももらえません。なぜなら私は「サポーターさんとメリットでつながるのではなく想いでつながりたいから」そして「サポーターさんはペライチを第一ではなく目の前の助けたい人を第一に想ってほしいから」です。

 

私の思う真のマーケティング民主化とは、民主化のさらにその先の『その人やその企業の幸せ』を第一に想える素晴らしいサポーターとだからこそ、実現しうる世界なのだと考えています。

 

私たちは地方の個人や中小零細企業の方々の成長に寄与し、真のマーケティング民主化を実現してくださる素晴らしいサポーターを募集しています!

peraichi.com